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透明性レポート:『絵巻 旧約聖書 モーセ五書「創世記」新版第8巻 ワイイシュラフ』大改訂版 発売のお知らせ
石川尚寛(Naohiro Ishikawa)公開日:2024年7月31日 1. はじめに いつも「絵巻・モーセ五書」シリーズを応援してくださり、心より感謝申し上げます。 このたび、『絵巻 旧約聖書 モーセ五書「創世記」新版第8巻 ワイイシュラフ(Vayishlach)』の大改訂版をリリースいたしました。 本巻は、旧約聖書「モーセ五書(トーラー)」全4,993節を完全ビジュアル化する全54巻シリーズの第8巻にあたります。創世記 第32章3節から第36章43節までを収録し、ヤコブの帰還、兄エサウとの再会、ヤボク川での神秘的な格闘、そして「イスラエル」の名の授与という、旧約聖書の中でも特にドラマチックな物語を描いています。 2. 大改訂の内容 旧版(2021年9月18日発売)から約3年を経て実施した今回の大改訂では、以下の点を中心に大幅なアップデートを行いました。 改訂項目 詳細 ビジュアルの全面刷新 最新の生成AI技術を導入し、中東の風景や衣装の質感、人物の微細な表情までをより高精細・詩的に再現しました。 コマ割り・吹き出しの再構築...

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
2 日前読了時間: 3分



石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
2 日前読了時間: 0分


なぜ人はひとりでいるのは良くないのか
「孤独」はなぜ良くないとされるのか——ラビが読み解く創世記の教え 創世記2章18節において、神様が「人がひとりでいるのは良くない」とお仰せになった箇所について、中世ユダヤの偉大な注釈家ラシは深い洞察を残しております。 ラシの解説によれば、もし人がひとりのままであれば、天の存在のように「唯一の存在」であると誤解され、神様の独一性と混同されてしまう可能性があったと述べられています。また、人は互いに助け合い、支え合う補完的な存在として造られたため、独りでいる状態は神様の創造の御意図に満たない状態であると示唆されております。 ラシの視点に立つならば、私たちが他者と繋がりを求めるのは、人間としての本来の姿や謙遜さを保つための大切な教えであると考えることもできるかもしれません。 絵巻モーセ五書 著者 石川尚寛(Amazonにて発売中) #モーセ五書 #創世記 #ラシ

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
3 日前読了時間: 1分


透明性レポート2026年8月14日創世記第7巻全面改訂
透明性レポート プロジェクト概要 項目 内容 タイトル(日本語) 旧約聖書「モーセ五書」を誰にもわかりやすく、簡単に。絵巻 旧約聖書 モーセ五書「創世記」新版第7巻 ワイイェーツェー タイトル(英語) Bereshit / Genesis: The Torah With Graphic Storytelling, Volume 7 Parashat Vayetzei (Genesis 28:10–32:2) シリーズ 絵巻・モーセ五書(Illustrated Torah)シリーズ 全54巻 対象範囲 創世記(Bereshit / Genesis)第28章10節~第32章2節(Parashat Vayetzei/ワイイェーツェー) 著者 石川尚寛(Naohiro Ishikawa) 本書の内容 パラシャット・ワイイェーツェー(Vayetzei)は、ヤコブの旅・ハランでの生活・帰還を描いています。 収録されている主な出来事: ベテルでの夢(天の梯子) 井戸端でのラケルとの出会い ラバンのもとでの労働(7年+7年+6年=20年) レアとラケルとの結婚

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
8月14日読了時間: 3分


透明性レポート 第6巻『Parashat Toledot(トーレドート)全面改訂完了
透明性レポート プロジェクト概要 本プロジェクト「絵巻・モーセ五書(The Torah With Graphic Storytelling)」は、旧約聖書「モーセ五書(トーラー)」全4,993節を、世界で初めて完全にビジュアル化する壮大な企画です。 第6巻『Parashat Toledot(トーレドート)』は、創世記25章19節から28章9節までを収録し、イサクとリベカの家族を中心とした物語——双子エサウとヤコブの誕生、長子の権利の売買、祝福の奪取、そしてヤコブのハランへの逃亡——を描いています。 本レポートは、当プロジェクトの制作過程における透明性を確保し、読者・視聴者の皆様に作品の成り立ちを明らかにするために作成されました。 1. 制作プロセスとAIの活用 1.1 画像生成(ビジュアル制作) 本書および関連動画に収録されている全イラストは、最新の生成AI技術を活用して制作されています。 使用技術:複数の画像生成AIモデルを組み合わせ、聖書本文の各節に基づいたシーンを生成しています。 制作工程: 各節の原文(ヘブライ語)および主要な英訳・日本語

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
8月3日読了時間: 5分


透明性レポート(制作プロセスおよび公開情報)
プロジェクト名: 絵巻 旧約聖書 モーセ五書「創世記」第5巻 ハイイェー・サーラー対象: 創世記 23:1~25:18発行形態: Amazon Kindle(電子書籍)/ ペーパーバック報告日: 2026年7月 1. コンテンツの概要 本作品は、モーセ五書(トーラー)の全4,993節を視覚化する「絵巻 旧約聖書」シリーズの第5巻です。第5巻「ハイイェー・サーラー(サラの生涯)」では、以下の物語を扱っています。 サラの死とマクペラの洞穴の購入(創世記23章)— アブラハムが妻サラを悼み、ヘブロンの地に永久的な埋葬地を購入するまでの、尊厳に満ちた交渉の記録。 僕の使命と井戸端のリベカ(創世記24章)— アブラハムの老僕が故郷へ赴き、イサクの妻としてリベカと出会うまでの、導きと祝福の物語。 イサクとリベカの結婚(創世記24章)— 聖書に記された最初の結婚。喪失から慰めへ、そして新たな世代への契約の継承。 本巻は、「愛別離と新たな始まり」というテーマのもと、サラの死からイサクの結婚に至るまでの感動的な物語を、全節にわたってビジュアル化しています。 2..

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
7月21日読了時間: 3分


透明性レポート:新改訂版出版について:絵巻 旧約聖書 モーセ五書「創世記」第4巻 ワイイェーラー(創世記18章1節~22章24節)
透明性レポート:新改訂版出版について タイトル: 絵巻 旧約聖書 モーセ五書「創世記」第4巻 ワイイェーラー(創世記18章1節~22章24節) 著者: 石川直宏 出版日: 2026年7月 1. 本レポートの目的 本透明性レポートは、『絵巻 旧約聖書 モーセ五書「創世記」第4巻 ワイイェーラー』(創世記18章1節~22章24節)の新改訂版出版について記録するものです。改訂の範囲、創造的・技術的プロセス、流通経路、および本プロジェクトの広範な使命を明らかにします。 2. 背景とプロジェクト概要 本巻は、モーセ五書(トーラー)全4,993節をグラフィックストーリーテリング形式で視覚化するという、記念碑的な全54巻シリーズの第4巻です。本シリーズは、旧約聖書の基礎的な物語を、映画的なマンガスタイルのイラストを通じて、あらゆる年齢層や背景を持つ現代の読者にわかりやすく伝えることを目指しています。 全54巻のラインナップは以下の通りです: 創世記(ベレシート): 全12巻 — 天地創造からアブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフの物語まで 出エジプト記(シェモート

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
7月12日読了時間: 5分


全面改訂完了!旧約聖書「モーセ五書」を誰にもわかりやすく、簡単に。絵巻 旧約聖書 モーセ五書「創世記」新版第3巻 レフ レハー
Amazon での詳細はこちら: https://www.amazon.co.jp/dp/B0DQJ252TX?ref=cm_sw_em_r_mng_sd_rwt_TFTAC7SnOoZZ9 YouTubeでのご視聴はこちら:https://youtu.be/PlypZD75jR4 お待たせしました! 創世記第3巻の全面改訂が 終了し、書籍と動画のアップが完了しました。 ぜひ皆さん、新しい創世記第3巻をお楽しみください。よろしくお願いします。

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
6月29日読了時間: 1分


不倫が「罪」と呼ばれる、その深い理由 十戒の言葉に隠された、ラビたちの静かなまなざし
不倫が「罪」と呼ばれる、その深い理由 十戒の言葉に隠された、ラビたちの静かなまなざし 出エジプト記20章14節にある「姦淫してはならない」という言葉をご一緒に拝見させていただきます。この原文のヘブライ語は「לֹא תִנְאָף(ロー・ティンアフ)」です。この「ティンアフ」という動詞は、未来形・二人称・男性単数の形をとっております。興味深いことに、この言葉は既婚の女性が関わる行為に特に焦点を当てた表現で、「姦淫」と訳されます。単なる男女の関係ではなく、婚姻という神聖な契約の間に入り込む行為を、聖書はここで明確に区別しているのです。 11世紀フランスのラビ、ラシ(シュロモー・ベン・イツハク)の、この戒めについての解説に、しばし耳を傾けさせていただきます。 ラシはこの「姦淫」という行為について、非常に明確な線引きを述べています。ラシの解説によれば、ヘブライ語の「נִאוּף(ニウフ)=姦淫」という言葉は、聖書の言語において、常に「既婚の女性と、彼女の夫ではない男性との関係」を指す言葉だというのです。つまり、この戒めは、婚姻関係にある女性を対象として語

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
5月7日読了時間: 3分


【罪を犯した兄は赦され、3,000人の民は剣に倒れた。その差はいったい、どこにあるのか】 【「金の子牛」という最大の背信行為のただ中で、アロンだけが生き残った理由をラビの言葉からひも解く】
【罪を犯した兄は赦され、3,000人の民は剣に倒れた。その差はいったい、どこにあるのか】 【「金の子牛」という最大の背信行為のただ中で、アロンだけが生き残った理由をラビの言葉からひも解く】 本件は、『出エジプト記』32章に記された「金の子牛(עגל הזהב / Egel haZahav)」の出来事に基づいております。まず、ヘブライ語の原文に触れておきたいと存じます。アロンが作ったのは「鋳物の子牛(עגל מסכה / Egel Masekhah)」と表現されております。また、民が叫んだ「これこそ、われわれをエジプトから連れ出した神だ」という言葉の中で使われている「神」は、複数形の「エロヒーム(אלהים / Elohim)」です。この文法上の事実は、彼らが主なる神を完全に否定したのではなく、目に見える形あるものを神の象徴として崇めようとした、いわば「ご利益信仰」的な誤りを犯したことを示唆している、と見ることもできるかもしれません。 【ラビの教え:ラシ(シュロモー・ベン・イツハク)】──アロンはなぜ「死刑」を免れたのか ここでは、11世紀フランス

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
4月20日読了時間: 3分


改訂発売開始『絵巻 旧約聖書 モーセ五書「申命記」新版第10巻 ハアジーヌー』
伝説の指導者の最後の言葉――モーセの「歌」が今、絵巻で蘇る。 本書『絵巻 旧約聖書 モーセ五書「申命記」新版第10巻 ハアジーヌー』は、旧約聖書の中心である 「モーセ五書(トーラー)」 の中でも、特に 「申命記」 を扱った絵巻シリーズの第10巻です。 全11巻からなる申命記シリーズの後半を締めくくる本巻は、 申命記第32章1節から第32章52節 ――いわゆる 「モーセの歌」 を収録しています。 「ハアジーヌー(Ha’azinu)」 ――ヘブライ語で 「聞け」 を意味するこのタイトルは、まさに本巻の核です。年老いた預言者モーセは、40年の荒れ野の旅を終え、約束の地を目前にしたイスラエルの民の前に立ち、天地を証人として召喚し、こう語りかけます。 「天よ、耳を傾けよ。地よ、私の口の言葉を聞け」 この「モーセの歌」は単なる詩歌ではなく、 神とイスラエルの契約の歴史を凝縮した預言の書 。ユダヤの伝統では「訴訟と証言の歌」とも呼ばれ、 最後の警告であり、同時に回復の約束 でもありました。 著者・石川尚寛 は、この壮大な遺産を 前人未到の方法 で描き

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
4月15日読了時間: 2分


あなたは「岩」に話しかけましたか、それとも打ちましたか──モーセがカナンを目前に阻まれた理由 荒野の旅の終わりに起きた「メリバの水」事件──ラビたちはモーセの胸中に何を読み取ったのか
あなたは「岩」に話しかけましたか、それとも打ちましたか──モーセがカナンを目前に阻まれた理由 荒野の旅の終わりに起きた「メリバの水」事件──ラビたちはモーセの胸中に何を読み取ったのか 該当する箇所は民数記20章1節から13節です。この箇所の重要な鍵は、8節で神がモーセに与えられた「וְדִבַּרְתֶּם(ヴェディバルテム/あなたがたは語りかけよ)」という動詞と、11節でモーセが実際に行った「וַיַּךְ(ヴァヤフ/彼は打った)」という動詞の対比にあります。ヘブライ語で「語りかけよ」を意味する「דבר(ダバル)」は、「言葉によって事を運ぶ」という意味合いを持ちます。この場所は後に「מְרִיבָה(メリバ/争い)」と呼ばれるようになりました。 11世紀フランスで活躍したユダヤ教の偉大な聖書注解者、ラシ(Rabbi Shlomo Yitzchaki)は、モーセが約束の地に入れなかった理由について、極めて明確な見解を示しております。ラシによれば、神はモーセに対して「岩に語りかけよ」と命じられたにもかかわらず、モーセはそれに従わず「岩を打った」ので

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
4月15日読了時間: 2分


「口と心」は、あなたのすぐ近くにある ― 申命記30章14節
「口と心」は、あなたのすぐ近くにある ― 申命記30章14節 四千年前の荒野でモーセが語った、神と繋がるためのあまりにも身近な道筋 申命記30章14節(口語訳)には「まことに、みことばは、あなたのすぐ近くにあり、あなたの口にあり、あなたの心にあって、あなたはこれを行うことができる」と記されております。この箇所のヘブライ語原文「כִּי־קָרוֹב אֵלֶיךָ הַדָּבָר מְאֹד בְּפִיךָ וּבִלְבָבְךָ לַעֲשֹׂתוֹ」を直訳いたしますと、「なぜなら、あなたに非常に近いのだ、その言葉は。あなたの口の中に、そしてあなたの心の中に。それを行うために」となります。ここで「言葉」と訳されている「דָּבָר(ダヴァール)」は、単なる「言葉」を超え、「事柄」「命令」「神の御心」をも包含する、深みのある語でございます。 11世紀フランスのラビ、ラシ(シュロモー・ベン・イツハク)は、この申命記30章14節について、非常に深い洞察を残しておられます。ラシは、この「ダヴァール(言葉)」を、具体的に「トーラー(律法)を学ぶこと

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
4月10日読了時間: 3分


改訂完了 絵巻 旧約聖書 モーセ五書「申命記」新版第8巻 ニッツァービーム
聖書が“視える”体験──『絵巻 旧約聖書 モーセ五書「申命記」第8巻 ニッツァービーム』内容紹介 聖書を読む、ではなく“見る” 旧約聖書「モーセ五書」を誰にでもわかりやすく──。作家・石川尚寛が進めるこのプロジェクトは、そうしたシンプルな問いかけから始まった。長大で難解なテキストを、歴史背景・地理・人物関係が視覚的に追えるかたちに編集し直し、読者が直感的に理解できる体験へと再構成する。それが「絵巻旧約聖書」シリーズの狙いである。 本巻は、申命記(旧約聖書の四番目の書)を全11巻に分けたうちの第8巻。通称 「ニッツァービーム(Nitzavim)」 と呼ばれるパラシャ(週毎に朗読される律法の箇所区分)に相当する。ヘブライ語で「立っている者たち」を意味するこのタイトルは、申命記29章10節から30章20節までを範囲としている。 シリーズ全体の基本情報 申命記全11巻・34章・959節 モーセ五書全体で187章・4993節 全4993節の各節に画像を掲載(世界初の試み) ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三宗教が共通聖典とする「モーセ五書」を完全網羅.

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
4月9日読了時間: 4分


今日は何の日?——過越祭の第7日目 海が分かれたとされる日を、ご一緒に眺めてみませんか
今日は何の日?——過越祭の第7日目 海が分かれたとされる日を、ご一緒に眺めてみませんか 出エジプト記14章22節 「イスラエルの人々は海の中を乾いた地で歩いて行った」 ヘブライ語の原文では「ベトク・ハヤム」(海の真ん中で)という言葉が使われています。直訳すれば「海の中心において」——つまり、単に海の端を歩いたのではなく、完全に海の中を進んだという意味になります。ラビたちはこの表現から、当時の人々が感じたであろう驚きと恐れを読み取ってきました。 今日は、ユダヤ教の春の祭り「過越祭(ペサハ)」の第7日目にあたります。聖書にあまり馴染みのない方のために、まずこの祭りが何を記念するものなのかを、ラビの教えに沿ってご説明します。 約3300年前、今のイスラエルの人々の祖先はエジプトで奴隷でした。そこから奇跡的に解放された出来事を毎年思い起こすのが過越祭です。祭りは7日間続き、初日は「脱出した日」、そして第7日目は「紅海を渡り切った日」 とされています。 ラシはこの第7日目について、ある印象的な伝承を残しています。それは「ナフションの一歩」というお話です。.

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
4月8日読了時間: 3分


改訂 絵巻 旧約聖書 モーセ五書「申命記」第7巻 キー・ターボー Ki Tavo(申命記 第26章1節から第29章9節まで)
第7巻「キー・ターボー」の主な内容 この巻のタイトル「キー・ターボー」は、ヘブライ語で「あなたが入って行くとき」という意味です。民がついに約束の地に入る、その瞬間から何をすべきかに焦点が当てられています。 1. 感謝の儀式:最初の果実の奉献 (第26章) 約束の地で最初の収穫を得た時、民はその「初穂」をかごに入れて、神が選ぶ場所(聖所)に持って行き、祭司に捧げることが命じられています。この時、捧げる人は「私は主の御声に聞き従いました」と告白し、エジプトでの苦難と約束の地への導きを感謝します。これは単なる収穫祭ではなく、神が契約を果たしてくださったことへの、公の感謝の表明です。 2. 契約の確認:ゲリジム山とエバル山 (第27章) 民がヨルダン川を渡った後、シケムの町の近くにある二つの山で、重要な儀式を行うよう命じられています。 ゲリジム山には祝福を宣言する部族が立ち、 対峙するエバル山には呪いを宣言する部族が立ちます。 このドラマチックな儀式は、神の律法に従うことがその土地での繁栄と安全をもたらす一方、背くことが破滅を招くことを、民の目に強烈に焼

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
4月6日読了時間: 5分


過越の「子羊」が語りかける、もう一つの物語
過越の「子羊」が語りかける、もう一つの物語 出エジプト記12章3節から5節にかけて、イスラエルの共同体に過越の子羊を準備するよう命じられる箇所が登場します。 この箇所で繰り返し用いられる「子羊」という言葉、ヘブライ語では「セー」(שה)です。原文をひもとくと、この「セー」という単語は、単独では「一匹の羊」を指しますが、文脈によっては「羊の群れ」全体を象徴することもある、実に奥深い表現であります。 また、3節で「一軒の家に一匹の子羊」と命じられながら、4節では「家の人数が少ないときは、隣の人と一緒にとる」と、その柔軟な運用が示されております。この「家」という単位と「人数」という個の視点が、律法の中でどのように調節されているか。ラビたちはこの点に、単なる儀礼の枠を超えた深い示唆を見出してまいりました。 11世紀フランスのラビ、ラシ(シュロモー・ベン・イツハク)は、この過越の子羊に関する一連の箇所を解説する際、ある一つの動詞に鋭く焦点を当てます。 それは4節にある「見積もる」という言葉です。家の人数に応じて子羊を「見積もる」という、一見すると事務的なこ

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
4月1日読了時間: 4分


「つい言いすぎてしまう」その言葉が、なぜ人の心を傷つけるのか
「つい言いすぎてしまう」その言葉が、なぜ人の心を傷つけるのか ラビ・ラシがレビ記の一文から読み解く、言葉の重みと隣人への責任 レビ記第十九章第十六節。 「あなたは民の中を渡り歩いて、噂話をして歩いてはならない。あなたは隣人の血に対して立ち向かってはならない。私は主である。」 この箇所で「噂話をして歩く」と訳されるヘブライ語の動詞は「ラガル(רָגַל)」です。この言葉は「歩き回る」「探り歩く」という原義を持ち、そこから「商人が商品を運びながら売り歩く」ような行為を連想させます。また、名詞形「レシル(רָכִיל)」は「噂話をする者」を指しますが、これは「ラガル」と同じ語根から派生していると、後述するラシも注目しています。 ラシはこの節の「ラガル」という動詞に深い注意を向ける。彼はまず、この言葉が単に「歩く」ではなく、「あちこちと渡り歩く」というニュアンスを持つと指摘する。そして、そのような歩き方をする者の典型として、商人を挙げる。商人は商品を運び、あちこちの店や家を回って売り歩く。ラシは、噂話をする者もそれと同じだと述べる。つまり、ある人の言葉を

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3月31日読了時間: 3分


静かに導く力──ラビが示す「リーダーシップの源」
静かに導く力──ラビが示す「リーダーシップの源」 声を荒らげずとも人は動く、とラビが示す静かな導きのあり方 申命記34章10節には「וְלֹא־קָם נָבִיא עוֹד」(ヴェロ・カム・ナヴィー・オド)という表現がございます。直訳すれば「再び起こらなかった、預言者は」となり、「カム(立つ)」が完了形で用いられ、モーセの特別性を静かに示す語法とされております。また「עוֹד(オド)」は「再び」「もう一度」を示す語で、唯一性を柔らかく強調する響きを持つとされております。 【ラビの教え:11世紀フランスのラビ、ラシ(シュロモー・ベン・イツハク)】 ラシは、この節における「立つ(カム)」という語に注目し、モーセのリーダーシップが「力強い支配」ではなく「静かな存在感」によって成り立っていたと述べる。ラシによれば、モーセは人々を押し出すのではなく、必要なときにそっと前に立ち、必要なときには後ろに下がる人物であったとされる。ラシは、この「立つ」という語が、単なる身体的な動作ではなく、「人々の前に立つ資格を与えられた状態」を示すと解説する。...

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3月30日読了時間: 3分


なぜ、不満は語ってはならないのか ラシが聖書の一文から読み解く、言葉と心の関係
なぜ、不満は語ってはならないのか ラシが聖書の一文から読み解く、言葉と心の関係 民数記11章1節。 「民は主の耳に届くような悪い不平を言った。主はそれを聞かれ、怒りが燃え上がり……」(新改訳2017) ヘブライ語原文の「不平」は「מִתְאֹנְנִים(ミトアネニム)」。この語は内面に溜めた嘆きが抑えきれずに漏れ出る状態を指し、不平そのものより「質」と「対象」が問われているとされております。 11世紀フランスのラビ、ラシ(シュロモー・ベン・イツハク)は、この不平の背景に注目します。ラシによれば、民の不満はマナに対する軽蔑にあり、彼らは「我々は何も見えない。ただこのマナだけだ」と述べたと伝えられています。 ラシが特に掘り下げるのは「主の耳に届くような」という表現です。彼は、問題の本質は不満の内容よりも、その背後にある「神への信頼の欠如」であると解説します。マナという奇跡的な恵みさえも、感謝ではなく欠点探しの対象にしてしまった。そこに人間の本質的な弱さがある、とラシは示唆します。 また、ラシはこの出来事を、一人の不満が共同体全体に広がる危険性として

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
3月27日読了時間: 2分
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