目の前の一人を大切にすると、人脈は自然と育つ アブラハムのもてなしに学ぶ、神が喜ばれる付き合い方
- 石川尚寛(Naohiro Ishikawa)

- 2 日前
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目の前の一人を大切にすると、人脈は自然と育つ
アブラハムのもてなしに学ぶ、神が喜ばれる付き合い方
初めて会う人との会話が苦手だ。大人数の集まりに行くと、かえって孤独を感じる。そんな経験は、どなたにもあるもののようです。
創世記18章。へブロンのテレビンの木の下で、アブラハムはテントの入り口に座っていました。日差しが最も強くなる真昼時。そんな暑さの中、三人の旅人が現れます。当時の荒野の旅は命がけ。水も食料もなく、道に迷えばそのまま命を落とすこともありました。99歳のアブラハムは、その姿を一目見るや、自ら走り出迎え、地面にひれ伏します。年老いた体で水を汲み、パンを焼き、柔らかい子牛を用意してもてなす姿は、まるで最も大切な客人をもてなすかのようです。
創世記18章2節〜3節
「彼が目を上げて見ると、三人の人が彼に向かって立っていた。彼は見るや、すぐに彼らを迎えに天幕の入り口から走って行き、地にひれ伏して言った。『お願いです。もし私があなたの心に適うなら、どうか私のもとを通り過ぎないでください。』」
ヘブライ語原文で注目されるのは、アブラハムが客人に対して「אִם־נָא מָצָאתִי חֵן בְּעֵינֶיךָ(イム・ナ・マツァーティ・ヘーン・ベエイネーハー)」と語りかける部分です。「חֵן(ヘーン)」は「恵み」「好意」を意味しますが、同時に「無償の愛」や「その人の存在そのものに対する喜び」も含意します。アブラハムは客人に対して「あなたに恵みを見出した」と言っているのです。
11世紀フランスのラビ、ラシ(シュロモー・ベン・イツハク)はこの箇所の「走って行き」「ひれ伏して」という一連の行動に、人間関係の本質を見出します。
ラシはまず、この出来事が起きた日付に注目します。ユダヤの伝承によれば、この日はアブラハムが割礼を受けて三日目。傷が最も痛むとされる日でした。それにもかかわらず、アブラハムは走って客人を迎えた。ラシは「なぜ神はアブラハムにこのような暑い日に三人の旅人を遣わしたのか」と問いかけます。その答えとして、ラシは「神はアブラハムが人をもてなすことを望まれた」と述べます。つまり、神との対話中であっても、目の前に現れた人を優先する態度こそが、神の望む人間関係の在り方だと示しているのだと。
さらにラシは、アブラハムの言葉遣いの細部を読み解きます。アブラハムは複数の客人に対して「あなた(単数形)」と呼びかけています。原文では「もし私があなた(単数)の心に適うなら」と、三人の客人を一人の人格として扱っているのです。ラシの解説によれば、これはアブラハムが「最も話しやすい一人に話しかけた」のではなく、客人たちを一つのまとまりとして尊重したことを示しています。三人それぞれに別々に話しかけるのではなく、彼らを一つの共同体として迎え入れた。この態度に、ラシは人間関係の深い智慧を見出すのです。
ラシがもう一つ注目するのは、アブラハムのもてなしの内容です。彼は「水を汲ませる」のではなく自ら走って水を汲み、「少しのパンを」と言いながら子牛を屠り、「休んでください」と言って自ら給仕します。ラシはここに「相手の尊厳を守るもてなし」を見ます。客人に何かをさせるのではなく、すべて自分がする。客人を「してもらう立場」に置かず、ただ純粋に奉仕する。これこそが、神がアブラハムを通して示した理想的な人との関わり方なのだとラシは説きます。
ラシのアブラハム理解から、私たちの日常に活かせる人間関係の智慧が浮かび上がります。
一つは、「相手を一人の人格として尊重する」という視点かもしれません。ラシの解説に従えば、アブラハムが三人の客人を「あなた(単数)」と呼んだのは、一人ひとりの尊厳を見ながらも、彼らを分断せずに迎え入れた態度と言えます。現代の私たちは、SNSで多くの人と同時につながっているようで、一人ひとりとの関係が浅くなりがちです。ラシの視点に立てば、たとえ多くの人と関わる時でも、一人ひとりをかけがえのない存在として尊重する姿勢が、本当の人脈を育てるのかもしれません。
もう一つは、「相手のために自分の痛みを超える」という姿勢です。ラシが強調するように、アブラハムは割礼の傷が痛む中で走りました。私たちの日常でも、疲れている時、気分が乗らない時ほど、人との関わりは億劫になるもののようです。しかしアブラハムの姿は、そうした自分の状態を超えて相手に向き合うことの尊さを教えています。無理に多くの人と会う必要はありませんが、目の前の一人に対して、自分の都合を超えて関わる時、そこに深い信頼関係が生まれるのかもしれません。
理想の人脈は、作るものではなく、一人を大切にすることで育つもののようです。
ラシの教えをたどると、神が求める付き合い方とは、相手を選ばず、自分の状態を超えて、目の前の人を尊ぶことから始まるのかもしれませんね。
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