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依存に苦しむあなたに伝えたい、聖書のひとつの気づき

  • 執筆者の写真: 石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
    石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
  • 19 分前
  • 読了時間: 3分

依存に苦しむあなたに伝えたい、聖書のひとつの気づき


僕もずっと、いろんなものに依存して生きてきました。


人からの承認がないと不安で、スマホがないと手持ち無沙汰で、未来への不安が眠れなくて。そんな自分を変えようと、むやみに自分を責める日々。


でも、ある時、出エジプト記の一節が、僕のそうした「依存」そのものを見つめ直すきっかけをくれました。


依存先の問い直し


出エジプト記20章3節。

「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」


ここで「神々」と訳されたヘブライ語は「エロヒーム」。それは単に偶像を指すだけでなく、私たちが「頼ってしまうもの」「心の拠り所にしてしまうもの」すべてを含む言葉です。


聖書は、依存そのものを否定しているわけではないと、僕は感じました。依存したいというその心の動きそのものは、むしろ人間の自然な姿です。問題は、その依存の「向き先」なのだと。


アルコール、薬、SNSの「いいね」、特定の異性への執着…。それらは一瞬で安心を与えてくれます。でも、それらは同時に、私たちを狭く、不自由にしていく。まるで、出エジプト前のエジプトの奴隷状態のように。


神だけが、私たちを真に自由にする依存先なのだと、聖書は繰り返し語っています。


毎日、新しい恵み


もう一つの気づきは、出エジプト記16章の「マナ」の話からでした。天から降るこの不思議な食べ物は、貯めておくと腐ってしまう。毎日、必要な分だけ集めなければならなかった。


ここに深い真実があると思います。神は、一日分の恵みを、毎日新しく与えてくれる。だから、明日の分まで貯め込もうとする不安から、私たちは解放されていい。昨日の失敗や傷に縛られて、今日を生きられなくてもいい。


「今日、必要なものは今日与えられる」——このシンプルな約束が、依存症と闘う私たちの、確かな一歩になると信じています。


あなたの孤独な戦いへ


依存症との戦いは、孤独です。周りにはわかってもらえないもどかしさや、自分でも自分が信じられない日々がある。


でも、聖書の物語は、決して一人ではないことを教えてくれます。荒野を歩んだイスラエルの民も、弱さと依存を繰り返しながら、それでも神と共に前へ進む共同体でした。


この視点が、少しでもあなたの心に響いたなら。聖書の言葉が、現代の依存という闇に、別の光を当ててくれるなら。


ぜひ一度、モーセ五書の世界に触れてみてください。気になった方は、Amazonで「モーセ五書 マンガ石川尚寛」と検索してみてください。無料で読めるので、まずは気軽にのぞいてみてほしいです。


あなたの今日が、ほんの少し軽やかになりますように。



 
 
 

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