top of page
検索


なぜ、不満は語ってはならないのか ラシが聖書の一文から読み解く、言葉と心の関係
なぜ、不満は語ってはならないのか ラシが聖書の一文から読み解く、言葉と心の関係 民数記11章1節。 「民は主の耳に届くような悪い不平を言った。主はそれを聞かれ、怒りが燃え上がり……」(新改訳2017) ヘブライ語原文の「不平」は「מִתְאֹנְנִים(ミトアネニム)」。この語は内面に溜めた嘆きが抑えきれずに漏れ出る状態を指し、不平そのものより「質」と「対象」が問われているとされております。 11世紀フランスのラビ、ラシ(シュロモー・ベン・イツハク)は、この不平の背景に注目します。ラシによれば、民の不満はマナに対する軽蔑にあり、彼らは「我々は何も見えない。ただこのマナだけだ」と述べたと伝えられています。 ラシが特に掘り下げるのは「主の耳に届くような」という表現です。彼は、問題の本質は不満の内容よりも、その背後にある「神への信頼の欠如」であると解説します。マナという奇跡的な恵みさえも、感謝ではなく欠点探しの対象にしてしまった。そこに人間の本質的な弱さがある、とラシは示唆します。 また、ラシはこの出来事を、一人の不満が共同体全体に広がる危険性として

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
3月27日読了時間: 2分
なぜ「たった一回」のミスで約束の地に入れなかった?モーセの岩を打った話から見る神との関係性
なぜ「たった一回」のミスで約束の地に入れなかった?モーセの岩を打った話から見る神との関係性 僕は最近、こんな自分自身の経験を思い返していました。 ついカッとなって、大切な人にきつく言ってしまった後、「ああ、またやってしまった…」と後悔する瞬間です。 その時、聖書の中のモーセの一つのエピソードが、以前よりも深く胸に刺さるようになりました。 民数記20章に記された「水が出る岩」 荒野を旅するイスラエルの民が、またしても水がないと不平を言い始めました。 その時、神はモーセにこう命じられます。 「杖を取り、兄弟アロンと共に民衆の前に進み出よ。彼らの目の前で岩に命じて水を出させなさい」(民数記20章8節、大意) ここでヘブライ語原文を見ると、神が命じた言葉に注目すべき点があります。 神は「岩に命じなさい」と言っています。 ヘブライ語で「命じる」を意味する「דַּבֵּר」(ダベール)は、言葉で語りかけることを指します。 つまり、神はモーセに「岩を打て」ではなく、「岩に言葉で語りかけよ」とお命じになったのです。 モーセの「二度打ち」 しかし、モーセはどうした

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
2025年12月24日読了時間: 3分
bottom of page