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「神は『私はある』と名乗った。奴隷の私たちに、今、ここにいてくれる神。」
「神は『私はある』と名乗った。奴隷の私たちに、今、ここにいてくれる神。」 エジプトで、神は自分のことをどう伝えてほしかったのだろう。 僕が『出エジプト記』を読んでいて、ずっと心に引っかかっていた箇所があります。 モーセが燃える柴の中から声を聞く、あの有名な場面です。 神はエジプトで苦しむイスラエルの民を救うために、モーセを遣わします。 でもモーセは恐れ、戸惑います。 「民が『あなたを遣わした神の名は何か』と問うなら、何と答えるべきでしょうか」(出エジプト記3:13) その問いに対する神の答えが、とても深いんです。 神はモーセにこう言われました。 「わたしはある。わたしはあるという者だ」(出エジプト記3:14) 聖書のヘブライ語原文では、ここは "Ehyeh Asher Ehyeh"(エヘイェ・アシェル・エヘイェ) です。 「エヘイェ」という言葉は、「存在する」「なる」「共にいる」といった意味を含む、「わたしはある」という動詞の一人称形なんです。 僕は最初、ここで不思議に思いました。 神の御名といえば、すぐに思いつくのは「ヤハウェ」です。...

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
2 日前読了時間: 3分
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