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古の賢者が指し示す、魂の調律としての瞑想
古の賢者が指し示す、魂の調律としての瞑想 11世紀フランスの巨星ラシが読み解く、イサクの「野の歩み」に隠された祈りの本質 創世記24章63節。原文には「לָשׂוּחַ בַּשָּׂדֶה(ラ・スアハ・バ・サデ)」という表現が登場いたします。この「לָשׂוּחַ(ラ・スアハ)」という不定詞は、ヘブライ語の語根「שׂ-וּ-חַ(S-W-H)」に由来し、直訳すれば「歩き回る」「語らう」「黙想する」といった複数の意味を内包する言葉でございます。多くの古典的な解釈において、この動作は単なる散策ではなく、魂が神へと向かう深い瞑想的な「祈り」の形であると解釈されてまいりました。 11世紀フランスの偉大な聖書注解者、ラシ(シュロモー・ベン・イツハク)は、この「ラ・スアハ」という言葉に、ユダヤ教における瞑想と祈りの根源的な姿を見出しております。 ラシの注解によれば、この箇所でイサクが行っていた「野での語らい」こそが、後のユダヤ教における「午後の祈り(ミンハ)」の起源であるとされます。ラシがここで注目したのは、特定の礼拝所ではなく「野(サデ)」という開かれた

石川尚寛(Naohiro Ishikawa)
22 時間前読了時間: 3分
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