• 石川尚寛(Naohiro Ishikawa)

苦痛や苦悩は何かの知らせかもしれません

みなさんお元気ですか?

私は、今年は痛風の発作にとっても悩まされました。

持っていた強い鎮痛剤も、シップも使い果たし、

再度購入して、毎日使っていました。

普通、痛風の発作は一週間したら、おさまるのですが、

左足の発作が治ったと思ったら、次は右膝、それが治ったら左肘と、

次から次へと発作が連続しまして、大変でした。

毎日プールに行くのですが、まともに泳げない時が多く、

水の中を歩く日々でした。

そうこうしているうちに、鎮痛剤の副作用と思うのですが、

胃が痛くなりました。とても苦しくて、

体の中から、力が抜けていくような感じでした。

食後は、しんどくなり、朝食後は2時間寝る有様でした。

だから、仕事の生産性も落ちていたと思います。

あまりにも胃がしんどいので、胃腸専門のクリニックへ行きました。

そこで、もらった薬が効いたので、しばらく放置していました。

薬もなくなり、また苦しさがあり、これではダメだと思い、

胃カメラの検査に行きました。

そして、大きな胃潰瘍が見つかりました。

胃の中に、大きな真っ白なイボのようなものがありました。

それは痛いはずだと思いました。

そして、ピロリ菌の治療を行いました。

痛風の発作はこの時も連続して起きていました。

さて、ピロリ菌の一週間の薬物療法を終えて、二週間くらい経って

なんと、痛風の発作が消えました。

毎日、どこか発作があったのに、どこにも発作がありません。

発作のない日がなかったので、消えたという感じでした。

もしかしたら、あのまま胃潰瘍を放置していたら、胃がんになり死んでいたのかもしれません。

痛風の発作は、胃潰瘍の治療を知らせるためにあったゆように思えます。

日常あるさまざま苦痛や苦悩は、何かの知らせかもしれません。


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